ソファストーリーズ
ソファはいつも暮らしのまんなかにある。
一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい
ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。
四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。
陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。
それぞれのソファに織りなす物語。
ソファがつないでくれる
過去と未来、35年後を思う
今日から35年経ったら。私と夫は70歳前後、か。息子は...35歳。もうすぐ産まれてくる我が子を思い、お腹をさすりながら早くもそんなことをぼんやり思い描く今日この頃。ゆったりと腰を落ち着けているこのソファを迎えてから、折々にそんな時間がある。
夫と二人、2年と半年住んだアパートを出るとき、それまで使っていたキャメル色のソファはもったいないので私の実家にもっていくことにした。それじゃあ…と新陳代謝のごとく、実家にあった更に古いソファを処分することになったのだが、思い返せばそのソファは実家が新築になってからずっとそこにあった。時間にして35年だ。その途方もない時間をあらためて数字にしてみたとき、はじめて「ああ、すごい」と思ったのだ。一人の人間が大人になるには十分に長い月日を、確かにしっかりと過ごしてきた。
・・・アパートを出て新居を構えるタイミングでソファも新しくしようと決めて、いくつかの優先事項を夫と決めた。キッチンからソファに座る家族とテレビが見えること、テレビに光が差し込む位置に窓はつくらないこと。アパート時代に感じていた「もうしもこうだったら」を一つずつ反映していくように考えていった。いくつかの吟味を経てデザインも座り心地も申し分のないソファに出会い、届くのを楽しみに待つ一方で、それでもアパート時代のソファを捨てられなかったのにはいくつか理由がある。
茶色の枠に座面がキャメル色の小さなソファには、夫と二人での生活がはじまってからの小さな思い出がいくつもあった。たとえば、婚姻届をもって二人で記念撮影をしたり、結婚式に向けて準備をしたり。結婚式の準備はほとんどソファでやったといっていい。披露宴終了後に渡す手製のギフトを作ってソファに並べ、ワクワクしてもらえる配分や色合いを何時間でも考えたりしたし、プロフィールムービーだってそうだ。自分の昔の写真、夫の昔の写真を、ソファでだらんとしながら二人でああだこうだ言いながら選び、夜な夜な話し合ってはプランを考えた(たまに寝落しながら…)。それから、流行病にかかれば自宅内隔離で片方がソファで眠ったりもした。新居の間取りを決めるための資料をひろげたのも、そのソファの上だった。心機一転えいやっと処分するのではなく、なんとなく「あの日々を繋げていたい」と思ったのだ。
大きな家具というのは、思いや日々を繋げる力がある。何度も季節を重ねて、幾年も当たり前のように毎日を過ごすからこその、名前もつかないような小さな日々が着実にそこにある。普段は忘れていることも、ふとした時に思い出すことができる場所。
春には出産で実家に里帰りをする予定なので、その思い出のソファに息子も座ることになる。新居のこのソファで過ごす時間と、その思い出のソファの時間がなんとなく溶け合って繋がっていってくれたら。
初めてのベビー用品や友人たちからのお祝いものを並べたのは、いまの新しいソファだ。義姉からもらった赤ちゃんの肌着や靴下、おもちゃを並べてみたのもここ。病院に提出する書類を記入したり、検診のたびにもらうエコー写真を置いて、写真を撮ってみたり…。夫と二人、名づけの本を見ながら名前の案を出し合ったのもここ。
いつかこの新しいソファで過ごす時も、35年を超えるときがくる。ぼんやりとソファに座りながら、途方もなく遠そうでいて、きっとあっという間に過ぎていくだろう月日に思いを馳せる。
二つのソファのあいだで、心が温まる、ということを身をもって知った。息子との家族3人の日々が始まる前からどうしようもない愛おしさが込みあげて、身体の隅々まで優しい熱が帯びていく。
【物語に登場したソファ】
Decibel C4 ワイド3人掛け両ひじ
Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)