Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

数字が重なる夜。父と娘の夜更かしトランプ

こっち、ん、やっぱりこっち。と思わせて「こっち!」と、私の反応を伺いながら、左右へ数回指を移動させた後で、力の入った人差し指と親指で、1枚抜く。

「やった、あたしの勝ち!」。残り2枚から“数字の1枚”を引いて、先にあがった。ジョーカーを手元に残した私の負け。

トランプを覚えた頃は、ババを引けばすぐに顔に出ていたのに、近頃はめっきりポーカーフェイスだ。娘がトランプをすべて裏にして、ソファの上でぐじゃぐじゃと混ぜ合わせはじめた。次はどうやら神経衰弱らしい。最近の特別にお気に入りのゲームだ。

順々にカードをめくれば、その2枚を真剣な顔で見つめて記憶する。小さな顔の真ん中あたりに、グッと力が入っているのがわかる。覚えておいたカードに私が触れようとすると、鼻のあたりからピリッとした気配を放つ。ゲーム中の娘の顔を見るのが好きだ。

負けず嫌いのため、負かしてしまうと「あと一回」がずっと続く。かといって手を抜けば「手加減しないで!」と、負けた時よりも怒る。こんなふうにして観察していると、最近になって習慣になった夜のトランプを通して、私は娘の成長をたくさん数えている。

仕事から帰る電車の中で、「今日の夕飯は」の前に「今日のトランプはなんだろう」と考えるようになった。娘は夕飯の準備が整う前に私が帰ってくると、大喜びで玄関までダッシュでやってくる。ご飯前と後、トランプを2度、できるから。トランプを手に待ってましたと待ち構えた娘にソファへと誘導される。妻が淹れてくれたコーヒーをソファの片ひじのテーブルに置いて、真剣勝負に備える。

初めてソファを買ったのは、結婚当初だった。賃貸アパートに住んでいた頃で、まだ妻と二人暮し。二人のための、二人掛けのソファを買った。20代前半の私たちを毎朝清々しく揺り起こすような、明るい黄緑色だった。

じきに娘が生まれると、妻のアイデアで毎月1枚、娘の写真を撮った。1LDKのお世辞にも広いとはいえないアパートで家族写真を撮ろうとなれば、自ずとソファが“撮影スポット”となった。二人掛けのソファに、娘を寝かせて1枚。タイマーをたいて、私と妻が横並びし、どちらかが娘を抱いて、1枚。娘が1歳になるまで続けた。

娘の写真は毎月同じ構図で撮り続けていたから、月によっての劇的な変化はない。が、パラパラとめくっていくと、娘が毎月、少しずつ大きくなっていくのが見られるので気に入っている。我が家の12枚のパラパラマンガ。

小さなソファに3人で並ぶのが窮屈になった頃、4人家族になることがわかって、私たちは引っ越しを決めた。「だったら、少し大きなソファを買わなくちゃ」と言い出したのは、私と妻のどちらだっただろうか。

数年前にインターネットで見かけてから「いずれ」と目をつけていた、念願のソファを新しい家に迎え入れることにした。これから4人家族になるのだ、と、もう一つ大人に足を踏み入れるような気がして、潔くシックなダークトーンのソファに決めた。明確な線引きのないままにいつの間にか大人になった私たちは、その大人になって尚、何度でも「ここからまた大人になる」と決心するタイミングがある。私にとっては、このソファがそうだった。新しい生活がまたはじまるぞ、と、楽しみのガッツポーズとともに、腹の底に喝を入れたのだ。

・・・

時計は夜8時少し手前、娘にとっては夜更かしの時間が近づく。妻に「そろそろおしまいにして寝なさい」と言われる時間が近づいていて、娘がそわそわしだす。ソファに座って投げていた足をたたんで正座したので、神経衰弱に本腰を入れるのだな、とわかる。こちらもしっかりと向かい合う。

数え切れないほどのトランプゲーム、娘と交互に重ねていく赤と黒、いくつもの数字。二人でやるトランプは、どんなゲームでもぎっしりと手札が多い。いまはまだ3ヶ月の息子が、いずれトランプができるようになったら、それぞれの手元はすっきりとするだろう。「だけど、その頃にも娘は、トランプをやってくれるんだろうか」といらぬ心配を言い、妻が苦笑した。

今日は金曜日、明日は休みだ。ふと思い立って、アパートのソファで撮った娘の写真アルバムを引っ張り出す。ソファの片ひじのテーブルには、今度は水割りを置いて、アルバムの扉を開く。夜の8時過ぎ、大人の夜更かしをはじめる。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)